第4回國學院大學學長杯争奪全国学生弁論大会「密室の支配」 |
私、夢があるんです。弁護士になりたいっていう夢が。高校時代に模擬国連という活動を通して死刑存廃論に出会い、将来は人権を擁護する活動家弁護士になってやるんだと誓ったんです。でも、両親や周りからはこんなことを言われるんです。「弁護士より検察官の方が給料いいんじゃないの。君なら成績いいし検察官も目指せるんじゃないの」と。確かに検察官、いい仕事です。被告人の罪を立証し、国家正義のために尽くす仕事...ほんとうにそうなんでしょうか。私は検察官自体を否定する気はありませんが、我が国の刑事司法制度に対しては批判的な立場です。
本弁論は、日本の刑事司法制度における未決拘禁者の人権について訴えるものである!
現在日本の刑事司法は一般に精密司法であると称される。これは日本における刑事事件の有罪率が99%であることを意味し、検察官が、十分な証拠固めをして有罪の確信がある場合に限って、刑事裁判の公訴が提起されていることに起因する。ではその検察官は、どのようにして絶対に有罪だとの確信を得るのであろうか。端的に言って、被疑者の自白を得るのである。そして、その自白は、時として違法な方法により収集されている。
ここで一旦、刑事手続きの流れについて説明しておきたい。本弁論で問題となる刑事手続きとして、逮捕による留置施設での拘束と、拘置所での勾留というものがある。まず、犯罪の疑いがかけられ、さらに、証拠の隠滅や逃亡のおそれがあると判断されると私たちは逮捕され、警察の管轄たる留置施設に入れられる。
逮捕により拘束される期間は最長で3日間である。その後、さらに身体拘束の必要性がある場合には、検察官の請求と裁判所の審査に基づき、最長で20日間の勾留が開始される。勾留は、逮捕の場合と異なり、法務省管轄の拘置所に入れられることとなる。...というのが、刑事訴訟法に基づく、被疑者の処遇である。
さて、話を戻すが、自白は取調べ手続きを通じて得られることになる。この取調べ手続き、もちろん黙秘を貫き通し、自白をしないことも可能である。...はずであるが、無実であるにも関わらず、司法警察職員の主張する犯罪事実をそのまま認めてしまうことがあるそうである。いったいどういうことであるのか。
無実にもかかわらず犯罪被疑者となってしまった方々の主張によれば、逮捕以降は多くの身体的・精神的苦痛を与えられ、自白をしてしまった方が楽になれるのではないかと考えるようになってしまうというのである。具体的には、第一に逮捕から起訴されるまで、延々と取調べが続けられるということ。逮捕されてからは留置所と取調べを行き来する毎日が続き、また時間に関しては夜9時を過ぎても取調べが続けられることもあることが、警察庁自身が認めている。第二に、自白を引き出すために拷問のような取調べが行われているというのである。今から少し大きな声を出します。被疑者が飯を取りたいと言っても、「早く自白すれば、いくらでも食わせてやると言っているだろう!」「早く謝れ、謝らなければ死刑になるが、今白状したら刑も軽くなるように取り計らってやる」などとめちゃくちゃなことを言って自白を促しているのである。こんなことが、被疑者と警察職員しかいない密室で行われているのである。もちろん、こういった事態が批判され、取調べ室への監視カメラの導入が進んでいるものの、可視化されると取調べがやりにくいという警察庁からの反対が大きく、その導入は事件数全体のわずか3%にとどまっている。また、この取調べに弁護士が立ち会えないのも世界的に見ると異様である。
もちろん、犯罪を追及するために緻密な捜査が行われることは重要であるが、これを達成するために善良な市民の権利を侵害することがあってはならない。真実究明のための刑事司法制度と人権保障のバランスが担保されていなければならないのである。
現在我が国の刑事司法制度、特に逮捕から起訴までの過程については、海外と比較すると、あまりにも問題のあるもので、国連をはじめとする人権機関から、被疑者に対する人権的配慮を拡大するように求められている。しかしながら、私はなにも、日本の刑事司法を国際基準に合わせて、根本から全面改正すべきだと訴えたいわけではない。日本の精密司法にも、少なからずメリットは存在しており、日本が独自の刑事司法制度を運用すること自体は継続されるべきである。大まかな枠組みを維持しつつ、改善すべき点は改善していくというのが重要である。
これを前提として、私は、人権感覚と法感覚に照らして、特に問題であると考えるものが1点ある。それは、留置施設と拘置所の使い分けがなされていないことである。
弁論の序盤でも触れたことになるが、逮捕されてから3日間は警察の管轄下たる留置施設に入れられるのに対して、4日目以降は法務省管轄の拘置所に入れられる、というのが刑事訴訟法による建前である。しかしながら、現状としては、勾留が開始された後も留置施設において生活を送ることが大半なのである。このような運用を根拠づけるのは、「刑事施設収容法」というものであり、これによると、本来は拘置所に収容しなければいけない場合であっても、留置施設をその代用施設とすることができるというのである。これはいわゆる代用監獄問題というものであり、いまや国際語として知られるほどの深刻な問題である。法務省は、拘置所の数が足りないことを理由に代用監獄制度を運用しているものの、将来的に増やす増やすといいながらもこれを実行しない姿勢をみると、留置施設に収容させた方が都合のいい、より積極的な理由があるのであろう。そう、警察の管轄たる留置施設に収容することで、取調べが容易になるのである。本来であれば、取調べは任意であり、被疑者はこれを拒否することも可能であるが、留置施設に収容させておけば、警察の好きなタイミングで取調べを開始でき、別件逮捕と併用して猛威を振るっているのである。
しかしながら、そもそも留置施設や拘置所において被疑者を拘束するのは、証拠隠滅や逃亡を防止することが目的であって、取調べのためにするのではない。取調べのために勾留をし、さらには取調室に近い留置施設を使用している現状に変革を与えることはできないのだろうか。
密室の支配を打破する方法は言ってしまえば簡単で、代用監獄問題を廃止してしまえばよいのである。
法務省管轄の拘置所の数を増やして、拘置所に全被疑者を収容してしまえば、代用監獄問題とこれに起因する悪質な取調べの常態化はある程度解消するのである。しかしながら、問題の原因に対して、それを裏返したような安直な解決策じゃ弁論界隈のみなさんは納得されないでしょう。
そこで私が主張するのは、被疑者に対する非拘禁的措置の導入である!いいかえれば、勾留せずに被疑者を監視する方法の提案である。これは、証拠隠滅や逃亡を防止するための制度として、勾留に並んで、第2の選択肢として、GPSを用いて緩やかに被疑者を拘束するという方法である。イメージのしやすい例としてGPSによる拘束というものを上げたが、原則としては、GPSは用いず裁判所への定期的な出頭をもって被疑者の逃亡を阻止するというのが望ましい。
しかしながら、事件の規模や事情に応じて、GPSを用いた監視をする、家族のもとでの監視を受けさせる、夜間外出禁止、空港や繁華街など特定地域への立ち入り禁止などの条件を必要に応じて要求していくということを想定する。立法や司法に幅広い選択肢を与え、事情に応じて人権制約の必要性を判断してもらう、というのが本解決策の肝であり、非常に有用な点である。
この解決策を訴えるにあたっての、最大の懸念は、取調べにおける留置施設を重要視する警察庁からの反対である。また、一般国民の純粋な感情としても、被疑者=犯罪者のイメージが強く、不安に思われるだろう。この点に対しては、法は取調べのための拘禁を認めていないのであって、正当性がない。
また、被疑者の非拘禁的措置は司法の判断によってなされ、被疑者の態度に応じて勾留の決定をすることもできるため、決して危険なものではない。と、主張し、権利闘争を行っていく必要がある。そして、この実現に向けて国民らを説得していくのは、近い将来のわたくしの使命であり、その第一歩としてこの場での弁論、質疑応答に望んでいるのであります。
ご清聴ありがとうございました。

