第45回全国学生新人弁論大会「冤枉」 |
【導入・自己分析】
狭く、暗く、地上から深く隔絶された空間。先の見えない、限りなく続く細長い廊下が不安を煽り、それに密接した小さな部屋は、平滑とした壁と頑丈な鉄格子によって囲まれている。59番。それがそこでの私の名前だった。 上下グレーの緩いスウェットに身を収め、地上への切望を全て飲み込んでしまうような重い密室の部屋で、用を足している間さえも外からの視線に晒されなければならなかった。
2022年10月5日23時12分。私は実家のある、神奈川県川崎市で、実際には行っていない暴行の容疑をかけられ、逮捕されました。 駆け付けた警察官は、現場の状況を一瞥するのみで、ほとんど確認もしないまま私を強く組み伏せ、取り押さえました。痛みに呻き、自らの無実を伝える間もなく、最寄りの警察署まで連行され、寝る間も与えられないまま行われた取り調べは7時間にも渡り、必死の主張も虚しく、私はそのまま、収監されることが決まったのです。
収監中の生活は想像以上に凄惨なものでした。毎日6時半に起床し、掃除。食事は1日3回摂ることが出来ましたが、どれも冷めていて味がなく、見た目も食感も嘔吐物のような物ばかりなので、お茶で誤魔化して必死に流し込まないといけません。 入浴に至っては週に1度しか許されておらず、収監者達は清潔とは程遠い生活を強いられていたのです。時折り通る看守から人格を否定する罵声を浴びさせられるのもとても辛い出来事でした。 「何か罪を犯したからここにいるのだろう」「犯罪者の言うことなど聞かなくてもよい」彼等には無実を訴える私の事情なんて全く関係ないようでした。
これは昨日見たドラマの話ではありません!明日あなたの身に降りかかるかもしれない現実の話です!収監者の人権を断固として主張し、同じように冤罪による勾留に苦しむ人の被害を、少しでも減らすことを目的として、本弁論を進めさせて頂きたいと思います。
【現状分析】
そもそも留置場とは、被疑者の逃亡や、証拠隠滅防止を目的とした施設で、その収容期間は最長でも23日間です。 そして、収監者の中にはもちろん私のように罪を犯していない人も含まれています。
令和4年度発行の警察白書によると、留置場に収監された人数は年間で述べ287万1309人であるのに対し、実際に送検されたのは80万7480人です。 要するに、年間で200万人以上の人が罪を犯していないにも関わらず、留置所に収監されているのです。
このような現状にも関わらず、先程も述べたように、留置所内の環境はお世辞にも良いとは言えないのが現状です。実際にある警察関係者の方にお話を伺ったところ、警察は各都道府県ごとにマニュアルを作成して管理にあたっているようでした。しかし、警察署でそれを捻じ曲げて運用していることも問題として認識されているようです。
警察予算が少ないことは依然として課題です。 しかし、冷めた飯が、週に一度の入浴が果たして「最低限度の生活」という事ができるのでしょうか。
7割近くも不起訴になる人がいる空間で運用者たる警察の事情に寄り添った管理を行うことが本当に正しいのでしょうか。
【問題性・深刻性】
厳格な勾留のシステムは罪を犯した人を正しく裁くために不可欠なものではあります。しかし、被疑者の人権を無視した処遇は、憲法31条にも規定されている推定無罪の原則を蔑ろにした、重大な憲法違反と捉えることもできます。これは、国際人権規約にも明記されていて、国内外を問わず重視されている当然のルールなのです!
そして、本当に冤罪だった時には被疑者に取り返しのつかない傷を負わせる可能性もでてきます。学校や会社などは長期で休むと復帰が難しくなるケースもあり、私の場合だとたった5日間と言えど、受験期の貴重な期間を勉強せずに過ごさなけばいけなかったことは、囚われていた期間のみに留まらない、精神的な苦痛にも繋がりました。
拘留期間が長引けば、それに伴って後遺症などを引き起こすこともあります。具体例を挙げると、拘禁反応を引き起こしたり、精神身体疾患を発症したり、女性の場合だと、拘禁性の無月経症を発症すことも考えられます。
もう一度繰り返しますが、これは決して他人事として流せる話ではありません。 入学直後の新入生の皆さん、就活・卒業を控えた先輩方が明日この場にいないかもしれません。 冤罪による逮捕はある程度仕方のないことであるかもしれません。しかしながら、それが誰にでも起こり得る可能性のある事だからこそ、留置場内の環境を改善し、勾留後の被害によって苦しむ人を少しでも減らすことに尽力したいのです。
【原因分析】
では、何故憲法の規定がありながらもこのような劣悪な環境下で苦しむ人が生まれてしまうのでしょうか。
それは、拘留施設の管理者が、拘置所、刑務所では法務省内の矯正局という部署の職員であるのに対し、留置場では収監先の警察署の職員、つまり、普段警察官として働いてる人間であるからです。彼等は収監者を管理するプロではありません。行われる研修も留置場のシステムや、裁判に関する法律の知識ばかりで、被疑者への心理的なサポートは手薄になってしまっているのが現状です。
加えて、過去に警察学校のカリキュラムを考案していた経験を持つ方によると、嘗て存在していた警察官への道徳教育も現在では行われなくなってしまったそうです。これらが留置所における収監者の管理体制 厳格化に繋がっていると言えるのではないでしょうか。
【解決策】
そこで、これらを改善するために私から総括的な解決策を2つ提言させて頂きます。 1つ目は、留置所の管理体制の完全なマニュアル化です。収監者の管理に関するマニュアルは現状として存在するものの、警察署ごとにそれが自由に運用されているようでは、私のような被害者が後を絶たないでしょう。収監者の生活面の規定から留置担当者の挙動まで細かく制限を定め、従来行われていた道徳教育に則って人権に配慮した、適切な管理を行えるようにマニュアルを改訂します。
しかし、従来よりも人権に配慮したマニュアルを策定したところで、その運用が勝手になされてしまえば意味をなしません。そこで、2つ目の解決策を提示します。2つ目は、留置所に対する定期的な監査の実施です。具体的には、月に1度、全国の警察署へ法務省の矯正局から視察のために職員を送ります。全国に設置されている警察署の数がおよそ1200件程度なのに対し、矯正局職員が2万4000人以上いることを考えると、これは十分に余裕を持って実現出来ることだと言えます。 都道府県の警察署と法務省を連携させることで留置所を国家の統轄に加え、適切な管理体制を目指すのが目的です。
【結び】
最後に、私が留置所の環境改善を訴える理由は自身の経験に拠るところが大きいのですが、現在もその規模を問わず、冤罪により苦しむ人は大勢いるのが現状です。今なお発生している冤罪と、その被害者の減少を心から祈ってこの弁論の結びとさせて頂きます。
ご清聴ありがとうございました。

