第2回東京農業大学長杯全日本農林水産学生弁論大会「銀の匙」 |
【導入】
「農家よりパワハラ企業で木枯らしてた方がマシだ」
私はこの間高校の同級生からそんなことを言われました。ちなみに、私は農家の息子です。そして、私の夢は実家を継ぎ大きくすることです。
しかし、小学校の頃将来の夢はと聞かれ農家と答えた私は「変わっているな」と言われ、つい先日も高校の同級生からこう言われました。
私の地元は山と畑に囲まれている田舎であったのですが、周囲の人間との温度差になんだかなぁと思い暮らしてきました。
しかしながら、そういった彼らの意見も仕方のないことかもしれません。家の周りには爺さん婆さんばかり。サラリーマンとして町に出た農家の息子たちは誰も帰ってこない。農地が荒れ草がぼうぼうになっている光景はもはや見慣れたもの。日本の農業ってやばいよなと肌で感じつつ、ここまで生きてきました。
このままでは、遠くない未来。私たちが将来おいしい野菜を食べる機会も、知らず知らずのうちに農業から受けている恩恵もなくなってしまうかもしれません。
そんな未来にならないために、今を生きる私たちがこの問題に向き合うことが必要なのです。
本弁論の目的は、日本の農業が50年後100年後まで産業として続くための提言をすることであります。
【前提】
農業。
その生産物は我々の腹を満たし、健康で、文化的な、満ち足りた生活を実現してくれます。
中央大学の学食がうまいのも、大根踊りが楽しいのも、全て農業のおかげです!
しかし、農業の意義はこれだけではありません。
それは「農業の外部経済性」または「多面的機能」と呼ばれる概念です。
まさに縁の下の力持ち。農地が存在することにより、国土の保全に効果があるのです。
具体例として、大雨の際堤防が決壊したとしましょう。この場合田畑は雨水を一時的に貯めることで洪水を防止・軽減することが可能です。
また、日本の豊富な水資源。これは日本の宝です。この全国規模の水インフラの末端を担っているのも農地です。
つまり、農業、そして農地そのものが存在すること。これらは我々がこの国で生きていくために必要不可欠な存在なのです。
【現状分析から導き出した問題性】
我々の安全、安心な生活を支えてくれている農業。しかし、それを揺るがすものが2つ。耕作放棄地の増加と、農業人口の高齢化です。
耕作放棄地。農水省の定義によれば「以前耕作していた土地で、過去一年以上作物を作付けせず、この数年の間に再び作付けする意思のない土地」とされています。
この耕作放棄地は年々増え続けています。平成の三十年間でほぼ四倍になりました。全国に40万ヘクタール以上。農地全体の一割にも及びます。
また、農家の平均年齢は年々上昇しており、現在は約68歳といわれています。基幹的農業人口、つまり、農業に集中して取り組んでいる人のうち現在49歳以下の割合はたったの一割と言われています。更に高齢化は進み、30年後には農家の3分の1が85歳以上になるといいます。
実は、現在の農家数は100万強。結構多いと思いますよね。しかし、この数字は二十年前と比べて半減しています。加えて、今後の三十年間で農家の数はさらに八割減少すると予想されています。
【深刻性】
我が国の農業が抱える二つの問題。絶望的な土地の減少と、担い手の減少。行き着く先は日本の食料安全保障と、国土のさらなる脆弱化です。
緊迫する国際情勢と、頻発する自然災害のさなかで、このような未来を迎えること。
少なくとも、想像して楽しい未来ではありません。
この問題の原因はひとつ。
”人手不足”ただそれだけです。
もちろん今でも新規就農者はいます。しかし、その多くが、定年後、趣味として農業を始めた人々で、減り続ける基幹的農業人口の埋め合わせには到底足りません。
結局、農業で生計を立てる意思のある、職業農家が必要なのです。
さて、そこで聴衆の皆さんに質問があります。
【原因分析】
農家って魅力的な職場でしょうか?皆さんは大学卒業後農家になろうと思いますか。思わない人が大半だろうことは容易に想像できます。キツい汚い危険、いわゆる3Kの代名詞。今は農家の家に生まれても、農業高校を出ても農家になる人は一割もいない時代です。
大学の就職課にポスターがあるでしょう。自然の中でのびのび自分のやりたいことを。田舎の集落へ貢献するために移住しよう。たしかに素晴らしいことです。
しかしながら、まず生活に必要なだけの収入を得ること。家族の食い扶持を稼ぐこと。これは必要不可欠です。これからすべてが始まるのです。そして、農業の持つマイナスイメージを払拭することにつなげていくことが大切なのではないでしょうか。
また、私のこの問題意識について、先日実際にお会いして話を聞いたところ、農林水産省OBの方も、私の地元の農業経営者の方々も、現役の農業委員会の方々も、皆口を揃えてこう言いました。「儲からなければどうにもなんないねぇ」農業関係者の中でもこのことは共通認識だったのです。
ではなぜ今の農業は儲からないのでしょう。それは、一つ一つが小規模だからです。戦後の農家たちは、平均して1haほどの小規模な土地を耕していました。今では少しずつ改善はされていますが、全体で見ればまだまだ足りないのです。
【解決策】
私は五十年後。百年後。それよりもっと先の未来の日本人まで農業という産業を維持していきたい。農業の礎である農地を保全していきたい。
そのために必要なことは二つです。
ひとつは、現在の農家が規模拡大を進め、今よりも平均的に広い土地を利用すること。もうひとつは、若い農業従事者を増やし、次世代の担い手を確保すること。
これらを満たすことが重要なのです。
そこで私は二点の解決策を提案します。
一つ目は、農地バンクの更なる活用。二つ目は、法人化条件の緩和です。
まず、農地バンクについて。農家が減っている現状においては、一戸あたりの規模を大きくすることが必要です。そのためには、規模拡大・集約のためのハードルを下げる必要があります。そこで重要となるのが農地バンクです。農地バンクは農地を借りたい人と貸したい人を結びつける中間組織です。耕作放棄地、耕作地の両方を一括してウェブポータル上で管理しています。
素晴らしいシステムなのですが、問題があります。それは、登録されている農地が少ないことです。現時点では、農地全体の一割程度しか登録されておらず、情報の更新が不定期な地区もあります。そう、これではシステムを活かしきれていないのです。
これは農地バンクに対する農地の登録が義務化されておらず、農地を持っている人が中々貸し出していないということが理由です。
そこで私は、全国の農業委員会に農地バンクへの農地の登録を徹底させることを主張します。
これにより収益を増やしたい農家と耕作放棄地予備軍とのマッチングをしやすくすることで農地の保全と収益の改善両方に効果があるのです。
ただ、規模を広げるといったところで、限界があります。 適正規模を超えるとかえって効率が悪くなってしまう場合もあります。例えば殆どの農家にとって10から20ヘクタールくらいが限度となります。
故に、農家の数が減少の一途をたどる現状を放置したまま本策を実行したところで効果は限定的となってしまいます。だからこそ、新たな人材を農業に呼び込まなければなければならない。しかし、個人農家の力にのみ頼ることは現実的とは言えないでしょう。
そこで必要となるのが、法人化条件の緩和です。これによって農業法人を増やし、経営発展の可能性を拡大します。
法人の農家、これを農地所有適格法人といいます。この要件として、いくつかの基準が設けられています。具体的に言うと、このうちの一つ。役員の過半数が常時農業に従事すること。この部分を3分の1とし、参入のハードルを下げることを提案します。
農家の法人化を行うと、補助金制度を利用しやすくなり、税制面でのメリットや、福利厚生の充実による雇用の安定化などを見込めます。また、資金面で安定した株式会社の参入も促されることで、現在の農業のもつ、稼げない、不安定、前時代的、といった負のイメージを払拭し、一就職先としての選択肢になり得るでしょう。
また、スマート農業、Iot、科学的根拠に基づいた環境制御、溶液栽培などの導入を通して今までになかった多様な農業の形を人々に提供するには、確固たる資金力と安定した経営基盤が必要となります。そのためにも、農家の法人化による経済的メリットを活用することが大切なのです。
農地バンクの充実と参入要件の緩和。これらの解決策によって、今よりも規模が大きく安定した稼げる経営基盤の農家を増やす土壌を作ること。これによって新たな人材を呼び込む体制を整えることで、将来的な日本農業の規模の維持が実現されます。
【結び】
私の演題である銀の匙。ヨーロッパにおいて銀製の食器は富の象徴です。これは「経済的に恵まれた人生を歩んでほしい」という願いを込めて親が子に渡すものです。
古くからの家制度が廃れ、家業としての性格のみでは成り立たなくなってしまった農業。この農業と人々をまず繋ぐものが、十分に生きていけるだけの収入だというのが本弁論における私の理念でした。
私を含めた、将来の農業の担い手たちにとって、私の弁論が意味のある贈り物となることを祈ってこの弁論の締めとさせて頂きます。
ご清聴ありがとうございました。

